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東京高等裁判所 昭和43年(く)130号 決定

本件抗告の趣意は、検事上野勝作成名義の抗告及び裁判の執行停止申立書と題する書面に記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論中、理由の第一は、原決定は検察官に対し、その保管にかかる被告人の司法警察員に対する供述調書の提出を命じたものであるが、かかる書類は、刑事訴訟法第九九条による提出命令の対象とはなしえないものであるから原決定は違法であると主張するにある。

しかし、本件抗告事件記録によれば、原決定は、所論供述調書をいわゆる証拠書類としてその意味内容を証拠とするの目的に出たものではなく、本件提出命令の発付を申し立てた弁護人らの、右供述調書は被告人の署名、指印のある用紙とその前葉との契印の状況、編綴の状況等から、被告人の他の供述調書における署名、指印部分を利用して偽造された調書である疑いがあり、かつ、右偽造の証拠をいんめつされるおそれがある旨の主張を容れ、すなわち、右供述調書の客観的な形状を証拠調の対象とせんとしたものと解され、そうだとすれば、刑事訴訟法第九九条第一項にいわゆる証拠物に証拠書類が含まれるか否かの問題とは異なり、右供述調書は偽造の証拠物として提出命令の対象となりうるものと解されないこともないので、進んで理由の第二および第三の本件提出命令発付の必要性の有無について考えてみるに、本件提出命令は弁護人らの申立にかかるものであるところ、その主張するところは、本件供述調書は偽造された疑いがあり、かつ、右偽造の証拠をいんめつされるおそれがあるというにあることは前記のとおりであるが、その窮局の目的とするところは、右供述調書が本件被告事件の証拠書類として取り調べられることを阻止せんとするにあることは明白である(なお、弁護人らのいわゆる偽造あるいは証拠いんめつの主体は誰であると主張している趣旨か、その申立書自体によつては明確を欠くが、それが司法警察員に対する供述調書である点からすれば、偽造したのは司法警察員であり、その保管者が検察官である点からすれば、偽造の証拠をいんめつするおそれがあるとされるのは検察官であるとする趣旨と、一応解される。)。

ところで、記録によれば、右供述調書は原審における本件被告事件の第二回公判廷において、検察官自ら、証拠として取調を請求したものであるから(なお、右供述調書は、事前に、弁護人らにおいて閲覧している。)検察官が終局的にその提出を拒んでいるものとは認められないけれども、弁護人らの主張は、日時の経過によつて偽造の証拠をいんめつされる、すなわち、偽造の徴憑ともいうべき形跡に工作を加えられるおそれがあるというにあり、原審も、この点に本件提出命令の必要性を認めたものと解されるが、そもそも、検察官は、国法上、裁判所に対して法の正当な適用を請求すべき職務を有し、弁護人もまた、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とするものであるところから、その職務上の非違については、ともに厳格な自主的規則に服すべきものとされ、かかる観点から、刑事訴訟法規においても、検察官および弁護人は、法律および規則に従つて厳正に職務を行なうべき者として、被告人、その他の第三者とは異なり、格別の配慮がなされていることは自明の理といわざるをえない。したがつて、かかる検察官(弁護人も同様である。)が、自己の職務上の信頼と生命を賭して、具体的事件における証拠のいんめつを図るがごときは、他に格別の事情の存することが認められない以上、容易にありうべからざることとするのが、むしろ、司法制度多年の実績に徴して明らかであるというべきである。しかるに本件においては、「当該供述調書を閲覧した弁護人らにおいて、何者かによる偽造の形跡があることを発見した」旨の記載のある弁護人らの申立書が存するに止まり、他になんらの証憑の認むべきものはなく、右申立書の記載のみをもつて、検察官の取調請求にかかる証拠が偽造された疑いがあるとか、なかんずく、その取調請求をなした検察官自ら、右偽造の証跡をいんめつするおそれがあるなどと認めるのはいささか早計の譏りを免れない。

してみれば、原決定は、提出命令の必要性について判断を誤つたものといわざるをえず、各所論は以上説示するところといささかその理由を異にするが、結局理由あるに帰し、原決定はこの点において取消を免れない。そして、記録によるも、現段階においては、弁護人らの申立にかかる本件提出命令を発すべき必要を認めがたいので、右申立は採用しがたい。

(栗本 石田 金)

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